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vol.30「アルキタウタノチカラ」

午後の便で札幌へ。
2002年4月、Air-G'(エフエム北海道)で「坂本サトル『ウタノチカラ』」という25分番組が始まった。その翌年4月に、その番組は「アルキタウタノチカラ」とタイトルを改め、1時間番組に拡大された。
Air-G'という放送局、イベンターWESS、そしてAir-G'発行のフリーマガジン「エアボン」、イベント情報誌「WE」、北海道最大の求人情報誌「アルバイト北海道(通称『アルキタ』)」というメディアが、それぞれの方面から北海道のミュージックシーンを盛り上げよう!という1大プロジェクト。その中心にあったのがこの番組「アルキタウタノチカラ」だったのである。
3年3ヶ月続いたこの番組も、いよいよ今夜の生放送をもって終了する事となった。

初めてラジオでレギュラーを持った時から丸13年間、決して少なくはない数の番組を担当させてもらって来た訳だが、この番組については、単なるDJとしてだけではなく番組連動ライブイベントの制作や前述の「WE」へのエッセイ連載等、多くの役割を担っていた自負があるから、それが終わってしまう事に対しては寂しいような肩の荷が下りてホッとするような複雑な心境である。

月に2度の札幌までの往復もこの数年間ですっかりと体に馴染んでいたし、1時間番組になって以来、2年間泊まり続けてきたホテルともしばしのお別れかと思うと、そっちの方は素直に寂しい。「空港」って大好きなんです。

いつもの通り早めにホテルに入って、休んでいた日記を書く。ひたすら書く。

午後11時にAir-G'に入ると、驚くほど大勢の人たちが最終回に立ち会うべく集まってくれていた。僕はこれまでにいくつもの番組の最終回を経験して来たわけだが、こんなににぎやかな最終回は初めての事である。
深夜1時、最後の放送開始。
スタジオに集まった多くの関係者の方々と、森山公一、浅田信一君からのお疲れさま生電話と、そして続々と寄せられるリスナーから暖かいメールに囲まれて、「アルキタウタノチカラ」は3年3ヶ月の放送に幕を閉じた。

欲を言えば、あと2分もらって、番組を聴いてくれていたみんなと番組を支えてくれたスタッフのみなさんにお礼を言いたかったところだが、その2分が作れなかったのは僕の生歌が予定より長かったからだった。そんな理由で作れなかった2分間なら、この番組らしくて良かったのではないか。

実はあまりの負担の大きささに、この番組をやめてしまおうと思った事は1度や2度ではなかった。その度に「やっぱりもうちょっとだけやってみよう」と思えたのは番組に寄せられる多くのメールと、番組ディレクター太郎ちゃんの熱意によるところが大きい。特に太郎ちゃんには心からの感謝と敬意を。ありがとう。

それではここであらためて。
番組を支えてくれたスタッフの皆さん、アシスタントの浅里佳代、今1度番組ディレクター太郎ちゃんこと坂田太郎氏、1週も休まずに番組を文字に起こして世界中のみんながこの番組を楽しめるようにしてくれた「アルキタウタノチカラweb」スタッフのみなさん、イベントに出演してくれたアーティストの皆さん、イベントスタッフのみなさん、そして今まで番組にメールやFAXやお便りをくれた皆さん、愛聴してくれていたみなさん、本当にありがとうございました!またいつかどこかでお会いしましょう!

(日々の営み2005年3月30日分より)





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